HONEY HARMONY〜ハニハモカフェ・オープン!〜

2月のユニットライブを一つも応募すらしていなかったのを密かに後悔していたので、今回は行ってみたのでした。当選のありがたみがすんごい。

麻璃亜ちゃん回なので、カフェタイムでオーダーしたのは麻璃亜ちゃんオススメのオムライスとジンジャーエールティー、追加で聖ちゃんのハチミツパンケーキ。オムライスは卵がふわとろ系なやつでおいしい。器がちゃちく見えますが意外とライスに厚みがあって、パンケーキと食べたらまあまあお腹いっぱい。唐揚げ丼がやたらといい匂いしてたけど控えました。。。カフェタイム終わりに会場の関係者出入口から麻璃亜ちゃんだけ現れて挨拶代わりに練り歩きしたのですが、久しぶりに近くで見たらあまりにも可愛いのでなんかドキドキしてしまった()いや前から可愛いなとは思ってたけど想像以上すぎて。考えたら至近距離でアイドル見たの2月ぶりだったな…

一応Overtureから始まって、ライブパートは「完璧ぐ〜のね」からスタート。めっちゃ盛り上がるやつだけど、コール禁止なので手拍子だけ。うーむ。衣装はギンガムチェックのやつ。皆可愛いし5人だけなので満遍なく正面に来てくれるけど、数分前の練り歩きの影響でまじで麻璃亜ちゃんばっかり見てしまう()まあフィーチャー回なので基本センターだし、それでいいのか。手拍子だけでもいいのだけど、結局振りコピすることにしたら楽しくて仕方ないというこのあいだの六本木とおなじ展開。「Get you!」も振りコピしてたら楽しい曲。この曲の爆発する大胆さ、みたいな感じがさっほーキャプテンのイメージと合うのよね。いったんMCで自己紹介なんかして、麻璃亜ちゃんのソロで「キンモクセイ」。去年の歌唱力の予選で「渡良瀬橋」を歌ってたの見て、麻璃亜ちゃんの歌声めっちゃいいなと思ってて。トーンは高いけどノイジーじゃなくてすごく癒されるし、線が細くて少し息が混じった甘い歌声なのがまたアイドルらしくていいというか。ここでソロ聴けたのはめっちゃ嬉しかったです。オンラインライブでやっていた「心の端のソファー」もよかったし、「キンモクセイ」も「渡良瀬橋」に通じるようなところがあって麻璃亜ちゃんにピッタリだった。

ハニハモ物語コーナーでりんごがにんにくの匂いを軽減するという知識を得た。麻璃亜ちゃんが前にツイートで上げてたセブンイレブンのガーリックライス食べたいんだけどなかなか見つからん。浜田さんが司会の某番組をパクった(byあやみん)格付けゲームみたいなやつで皆椅子に座るんだけど、みんな脚を揃えて座ってる中で香織ちゃんの脚癖がめっちゃ可愛いなあと思ってしまった。白米とか醤油の食べ比べみたいなのだけど、聖ちゃんが毎回口をあんぐり開けて食べるのが面白かった。さっほーが罰ゲームのビリビリペンがクセになってるのイメージ通りすぎて(どんなイメージ)。ビンゴは2つぐらいしか開きませんでした。最後に「推定マーマレード」歌って終わり。麻璃亜ちゃん可愛い(それしか言ってない)。

カフェタイム除けば正味1時間ぐらいのイベントですがだいぶ満足感あり。麻璃亜ちゃんの可愛さが限界突破していました(まだ言う)。やっぱりアイドルがそこにいるのはいいです。劇場に入るのはしばらく厳しいのでこれ系のイベント続けてくれないかなー。

ひさしぶりにきた

太田剣カルテット feat.和泉宏隆 @御茶ノ水NARU

和泉宏隆さんがこのあいだ自分のトリオでのライブをYouTubeで配信していたのがとても良かったので久しぶりにライブ行きたいなーと思ってて、近場のライブ探していたら最近太田剣さんのライブに参加しているのも知り、という流れで来てみました。サックスも聴きたかったのでよかった。

写真ないけどソーセージがめちゃくちゃうまかった

19時から開演。太田さんの前説によれば、和泉さんはゲスト扱いではあるもののがっつりフルで参加しているようです。緊急事態宣言の只中で作ったという太田さんのオリジナルSong for The New Lifeがオープニング。コード感やメロディが初期のパット・メセニー・グループを思わせる感じで、壮大さと開放感が心地いい曲です。そんなことを思っていたら、和泉さんのピアノはライル・メイズに聴こえてくるし、PRISMの岡田治郎さんのフレットレスベースはマーク・イーガン…いや、Bright Size Lifeのジャコにも聴こえてきたぞ?(笑)岡田さんのベースはとにかくグイグイ動きながらグルーヴを先導していてめちゃくちゃ好み。聴いててついつい身体が反応してしまう。和泉さんのピアノ、河村亮さんのドラムも含めてバンド全体が高まったところで太田さんのサックスソロ。ソプラノの音色が驚くほど美しい。この柔らかに空を突き抜けていくような爽快感はカモメアルバムにおけるジョー・ファレルのソプラノを彷彿とさせます。リズムセクションの熱量はますます上がって、グルーヴが激しく煽り立てる中でソロもピークを迎えていく。1曲目から充実のプレイで、聴いてる自分もなんだか嬉しくなってきてしまいました。

2曲目はSummer Nights。ブラジル風のリズムで一見穏やかな曲なのだけど、河村さんのシンバルの刻みに乗りながら、音楽が情熱的な姿に変化していく。ここでは太田さんはテナーに持ち替え。現代的なトーンとアプローチを基調としつつも、時折ストレートアヘッドなジャズらしさ溢れる熱を帯びたブロウも聴かれる。それを耳にしてなんとなく、先ごろ鬼籍に入ったスティーヴ・グロスマンを思い出していたら、後から太田さんのTwitterにグロスマンについての言及を見つけて1人で納得してた。

続くSo Tender は、これまたライブ前日に訃報が飛び込んできたゲイリー・ピーコックに捧げる選曲。太田さんのサックス入りで聴くと、キース・ジャレットの曲がもつ隠れた暖かみがとても引き立ちます。トリオ編成のオリジナルとはまた違った楽曲の姿が見えてくる。

続いては「皆さんお待ちかねの」(太田さん)和泉さんのオリジナル楽曲。わかりやすくT-SQUAREの曲かなあと思いきや、須藤満さんとのデュオでやっていたRain Danceという意外なところでした。譜面が残ってないので太田さんがこの日のために一から起こしたとのこと 。実に和泉さんらしい、メランコリックなメロディが美しいバラード。太田さんはこの曲ではアルトなので、T-SQUAREっぽい感じも当然出てきます。なんでもなさそうなアルペジオであってもとても歌心を感じる和泉さんのピアノ。ロマンチックさだったり孤独感だったり、常に人の心に直接響くものを感じさせているなーと。楽曲を聴いてもプレイを聴いてもその部分がやはり一貫しています。対する太田さんのアルト、クライマックスに聴かれる高音のニュアンスがとても切なく、しかし甘くなりすぎないという絶妙なバランスをもって楽曲のイメージを広げていました。

「伊東たけしさん、本田雅人さんのイメージもありますけど、和泉さんの曲ってアルトサックスが合いますよね。これは考えて作ってるんですか?」(太田)

「なーんにも考えたことない」(和泉)

ラストはミルトン・ナシメントのVera Cruz 。個人的にはこの曲といえば、高校時代にパット・メセニー/ブラッド・メルドー・カルテットのライブで聴いたときの印象がずっと強かったりする。その時はジェフ・バラードが大暴れだったのだけど、この日もやはり河村さんのドラムが凄まじい存在感を放つというデジャヴ。常にソロを取っているんじゃないかと思うほどの多彩なドラミング。楽曲を通してドライブ感がずっと最高潮のままです。ピアノ、ベース、サックスと怒涛のソロが続いて、それらを受けてのドラムソロでドカドカビシッと締める。やっぱりこういうのがジャズのかっこよさ!完全燃焼して1stセット終演。

予約した時点では1st/2ndで入れ替え制と聞いてたので1st終わった後にお店出ちゃったんだけど、後でTwitter見たら入れ替えなしに変更になってて、もったいないことをした…。この日はレギュラーバンドでない良さがあって、プレイヤー各々の個性が分かりやすく発揮されてたのが本当に面白かったですね。特にベースがエレクトリックであることによるアンサンブルの強度が音楽全体に活かされていたように感じます。太田さんと和泉さんは色んなフォーマットで共演しているようなので、また近場来てくれないかしら。

SETLIST

  1. Song for The New Life
  2. Summer Nights
  3. So Tender
  4. Rain Dance
  5. Vera Cruz

冷蔵庫のフィルムから

2,3年前にまとまってフィルムで写真を撮っていた時期があって、その頃のフィルムをいくつか冷蔵庫に放置したままだったものを現像する。生活圏に写真店がないというのもあったし、当時は毎週のように遠出をしていて自転車操業みたいな生活だったので、ずっと後回しにしていたら数年経ってました。白黒フィルムのほうが多かったのでお盆の期間を挟むと2週間ぐらいかかると言われて、腰を上げるタイミングも完全に間違えている。

上がってきたものを見て、思わず目を疑ってしまいました。身の回りに関する記憶力には自信があったはずなのに、どういう意図で撮ったのかも分からなければ、どこで撮ったのかも分からない、そもそも撮った覚えもないような写真がかなり多いわけです。ちょっと混乱を来すレベルで。断片的なイメージを辿りながら朧げに記憶を補完はできるのだけど、それでも分からないことが多すぎる。

面白いのが、時間が経っていることに加えて、なんだか自分にしては上手く撮っているように見える写真が多いこともあって、確実に自分で撮っているにもかかわらず、ほとんど自分の手を離れたような、自分ではないJohn Doeが撮ったものように感じられることです。すると同時に、銀塩写真のフィジカルな生々しさとともに、都市を彷徨する何者でもない誰かが、いつかどこかで記録したものとしての、ある種の匿名性の迫力のようなものを纏い始める…というあそび。